徒然なるままに。

徒然なるままに日々のこと。なんちゃって教員の備忘録。

〈研修日誌を書くと言こと〉

 

 昨年度から研修日誌を大学院で書いていますが、本年度は研修に行く機会が前年度の倍あり、書く回数も多いため、パソコンに向かって省察を試みている日々なのであります。
 単なる記録、感想文として機械的に書けば簡単に済むのですが、(そうして済ませてきたことも数多くあるのですが、)せっかくの学びの機会なのと、大学院での学びを少しばかりでも深めたことによって、省察をすることの意義も感じているので、自身の内面に向き合って書くことを繰り返してきました。

 どんなことでも数を繰り返すと、成長していくのと同じように、この書くことによる省察も繰り返して行ってきたことにより、日誌に書く内容にも変化が表れてきたことを自分でも感じることが多くなりました。

 自分が授業や学校の風景を見て、どんな場面に違和感をもったり、どんな場面に関心をもったりするのかが良く分かります。また授業や学校経営そのもについても見る視点が、昨年度より明らかに変わってきたことが、日誌を読み返すと明らかになります。

 しかしながら、この日誌と言うものは、研修校への提出と大学院への提出が義務付けられているため、どこかに「読まれること」を意識して書いている自分がいるのも事実です。


 その意味で、本当に自分の内面に対して忠実に省察が行われた記録かと言うと、「なーんちゃってー(^▽^)」と舌を出し、ありのままの自分を制御する自分がいるのも事実です。どうしたって、学校と言う複雑な組織で生きる一人の小学校教員の本音やギリギリの感情の全てまでを記すことはできません。

 そうです。「ありのままのー♪(*^-^*)」なんて簡単に教え子たちは歌っていましたが、中年のオジサンは、本音と建て前を使い分けて生きるのです。いや、そう生きなければならぬのです。そして何より大切なことは、提出が義務付けられていなければ、怠惰な中年オジサンは、そもそも省察を日誌で記す行為などできません。
 パソコンに向かいながら、私は本音と建て前、義務と権利の世界を複雑に飛び回りながら、生きていることを改めて気づかされました。ありがとう。